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寝台車

2014 - 04/24 [Thu] - 11:26

随分前になりますが、
中国の北京から、洛陽、西安、成都まで、
列車の旅をしたことがあります。

個室になっている寝台車でした。
備え付けのテーブルの上に用意されていたジャスミン茶を淹れ、
蓋付き湯のみにゆっくり注ぐと、
ジャスミン茶の香りが広がり、とてもリラックスできました。

車窓から見える景色に変化がなくなってきた頃、
持ち前の好奇心もあり、列車全体を探索してみたくなったので、
ジャスミン茶の香りが広がる部屋から出て、
列車の進行方向とは逆に、歩きました。

列車が何両編成かは忘れてしましましたが、とても長い列車です。

最後尾に向かい、先へ進めば進むほど、人々が増え、混雑し、
会話が途切れなく聞こえるお祭りの夜店のような賑わいになっていきました。

荷台には、布に包まれた大きな荷物が、ぎっしり並んでいます。

賑わう車内には、
鍋など家財道具一式を抱えている人、
座れたことに安堵している様子の人、
布団を敷き、眠り始めた人などいます。

笑い声や会話の声に混じり、時々口論も聞こえてきました。

駅によっては、停車時間が30分になることもあります。
そんな時は、練炭コンロを抱え、駅のホームに下りて、
調理をする人もいました。
鍋から上がる湯気の陰の、皺が刻み込まれた笑顔には、
あたたかさ、厳しさ、そしてたくましさが輝いていました。

しばらくすると、列車は突然ゆっくり動き出し、
あわてて乗り込む乗客をすくい上げるようにしながら徐々にスピードを上げ、
乾いた崖の地域へと向かいました。

日の光に照らされた土ぼこりが、キラキラしていた午後でした。



随分前になりますが、
スペインのバルセロナからグラナダまで、
列車の旅をしたことがあります。

個室になっている寝台車でした。
天井の低い、小さな部屋に向き合う2つの長椅子。
そこに腰掛けた大人6人とこども1人の構成は、
私達家族の他に、
立派な口髭をたくわえ大声でアラビア語を話す軍人風の男性と、
若夫婦、そしてそのどちらかの母親らしき女性でした。

はじめは皆、狭い空間の中で、自分の領域を確認しながら、
警戒して緊張している様子でしたが、
そのうち誰からともなく少しずつ会話(含:ジェスチャー)が始まり、
しばらくすると共有の場所が完成したような、
和やかな雰囲気になりました。

夜になり、就寝時刻が近づいた頃、
旅慣れた様子の若夫婦が、2つの長椅子にシーツを掛け、
あっという間に2人分のベッドを作り、
その一つに、母親らしき人が横になりました。

口髭の男性は、部屋の真ん中に立ったまま、相変わらず大声で何か話しています。
若夫婦と私達は、壁に取り付けられたベッドを引き出し、4つのベッドを作りました。
つまり、一つの壁に3段ベッド。

うわっ、狭い・・・。

ベッドとベッドの隙間は、半身を起こすこともできないほど狭いので、
転がり込むように潜り込み、横になりました。
横になってみると、列車の揺れが激しく感じられます。
(早く夢の世界へ行ってしまおう。眠ってしまえば、この狭い空間もわからないから。)と思い、
目を閉じましたが、珍しく、なかなか寝つけません。

口髭の男性も寝つけないのか、起き上がり、
暗い通路と部屋を何度も行ったり来たりしています。
また、それが気になって、本当に困りました。
何か良い方法はないものか・・。

そうだ!ここは、『南国』ということにしよう。
青い空と果てしなく広がる海。
椰子の木陰で休む私の耳には、さざ波の音が聞こえ、
心地よい風に乗り、香る・・・・煙草の煙・・

えっ???

目を開けると、口髭の男性が、通路側のドアを開けたまま煙草をふかしています。

若夫婦の男性が起き上がり、ドアを閉め。。。。そこで、2人の口論が始まり、車掌さんが来て・・・。

結局、ほとんど眠ることができないまま、
朝がきました。


列車の外は、日射しがまぶしい、まるで南国のような朝でした。




























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Nephesh

2013 - 10/24 [Thu] - 12:46

英語訳の旧約・新約聖書には、Soul という語が頻繁に出てきます。
Soulについては、以前も書きましたが、私にはとても不思議なものに思われます。 

英訳聖書は、Soulと1単語でまとめていますが、
ヘブライ語(旧約聖書)とギリシア語(新約聖書)の意味は、
もっと複雑です。


旧約で一番多いのが、Nephesh (Hebrew)
意味は、Life, Person, appetite, mind, desire, emotion, passion,
individual, seat of emotions and passions, activity of mind, activity of will,
activity of characterです。

新約は、nous (Greek)意味は、mind, understanding, feeling, judging.
あるいは、psyche(Greek)意味は mind, heart.
カーデイア(Greek)は、mind,will,heart.


Soulが初めて出てくるのは、創世記2章7節です。

And the LORD God formed man of the dust of the ground, and breathed into his nostrils the breath of life; and man became a living soul. 《Genesis 2:7》

この個所がとても面白いと思うのは、
the breath of life を吹き込んだことにより、
アダム(人)はa living Soulになり、
(前後を読むと)そこで意識が立ち上がること、

また、ここに出てくる the dust が、
『(微)粒子』という意味を持つことです。

ぎざぎざの瀬戸物

2013 - 10/20 [Sun] - 03:48

幼い頃、

高熱が出るとよく見ていた『夢』の話は、

以前(2011.12.19 下段)書きましたが、

この『波』の伝動競争の夢には、いつも『音』がありました。

それは、

ぎざぎざの瀬戸物を擦り合わせたような音で、

初めは聞こえるか聞こえないかわからないくらい、

かすかで小さく、ゆっくりな音が、

回転するように

弱→強→弱→強を繰り返し、

次第にとても大きく速い音になり、

最後は、突然ピタッと止まるのです。(これが怖い)


小学校の頃、この夢の話を姉にしたところ、

姉が高熱を出した時にも、必ず見る夢があると、教えてくれました。


姉の夢は『まわる独楽』でした。


部屋に沢山の独楽があり、

それぞれ右回転、左回転しながら、

ぐるぐるぐるぐるまわるのだそうです。

まわっている独楽は、

温かくなったチョコレートのように次第に融けだし、

最後はどろどろな状態になるらしいのです。

その時に、やはり音が聞こえていると話してくれました。

その音が、どんな音だったのか、私と同じ音だったのか、

聞くのを忘れてしまいました。




・・・『夢』 2011.12.29・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やかんの口からしゅんしゅんと上がる蒸気を見つめながら、
熱が出た時によく見ていた「夢」のことを考えていました。


幼稚園に入る前からでしょうか、
私は胃腸炎になりやすく、
突然、高熱を出して
2、3日、ひどいときは、4、5日
寝込むことがよくありました。

布団の上に仰向けになり、
うとうとしながら、
天井の木目模様を眺めると、
その模様は、顔のように見えたり、川の流れのようにも見えました。

そのような状態の中で、必ず見る夢がありました。

小さな部屋の右側に、
上へと続く階段があり、
その部屋の天井は、
黄緑、オレンジ、白の3色縦じま模様で、
波打っています。

私は床に立っているようでもあり、
宙に浮いているようでもあり、
何とも心許ない感じがしていました。

その部屋には、何か他に動く
「もう一つの気配」がありました。
それは、天井の模様の裏に張り付いていて、
うごめいています。

そのうごめく何かは「天井の波打ち競争をしよう。」と私に提案します。
  この「天井の波打ち競争」について説明すると、
  例えば、ロープの一端を持ち、腕を上下に動かすと波動が伝わり、
  横から見ると、ロープが波打ったように見えます。
  大きな波動は徐々に小さくなり、
  ロープの最先端で波は終わります。
  それを天井を使ってやろうというのです。
  天井の線の最先端の波が、最初に終わった人が勝ち。
  勝てば生きる、負ければ死ななければいけない
  『生死のゲーム』なのです。

私も天井の裏側に潜り込み、競争します。
はじめのうちは順調に勝っていますが、
いつも、最後の最後というところで、私は負けてしまい、
「死ななければいけない。」と宣告されて目が覚めるのです。

本当に怖い夢でした。
寝込むたびに何度も見ました。


最後にこの夢を見たのは、私が小学3年生の時でした。

いつものように、うごめく何かと競争し、
お決まりのように、最後の最後で私は負けるのですが、
その時は死を宣告された直後に
「あっ、そうですか。死ななければいけないのですね。」
と、死を受け入れました。

すると、その瞬間に真っ暗な穴の中に落ち、
気がつくと、泥沼の中、頭だけ出して私は生きていました。
自力でそこから這い上がり、
「こういうことだったんだね。」と言いながら、
黄緑、オレンジ、白の縦じまの天井を、ビリビリと破りました。
すると、うごめいていた気配は消えてなくなり、
そこで目が覚めました。

それから二度と「天井の波打ち競争」の夢を見なくなりました。
体力もつき、体調もよくなりました。



お湯が、勢いよく、しゅんしゅんと沸いています。



















情報

2013 - 10/10 [Thu] - 15:23

サンドイッチ伯爵ではないけれど、

食べる時間があまり無い時に、スナック感覚で食べられるもの・・・

考えた末、巻き寿司を作ることにしました。

私が住んでいる街は、海が近くにないので、

新鮮な生の魚介類は入手困難です。

ですから今回も、

食感が日本の胡瓜に似ている英国胡瓜、

酸味が効いてアクセントになる紫蘇梅、

おなじみ納豆、

水入りツナ缶のマヨネーズ和え

そして稲荷寿司の皮(?)など準備。


海苔、酢飯、具、巻く、海苔、酢飯、具、巻く・・・

たとえお米5合分でも、時間がかかる機械的な単純作業。

すぐに飽きてしまいそうなので、

ラジオをつけて作業(作業というのがぴったりな動作!)を繰り返していました。


ラジオから流れてくるのは、

ガーバメントシャットダウンは、

とんでもないことか

それとも

公的な仕事が削減され、

小さな政府成立という意味で歓迎されることなのかという話。

賛否両論。結論が出ないまま、

次のトピックは、

アルーコール依存症と、女性ホルモンの関係。

女性をターゲットにしている格安の甘いアルコール飲料に、

ウオッカが使われていて、

急性アルコール中毒や、依存症になりやすいとか・・。

大学生のアルコール依存症が急増していること、

そして、女性の社会進出と子育ての話題、

物理や数学の世界に女性が少ないのは、

女性蔑視の古臭い思想が原因・・

(このお話しをしていた方は、

最近、本を出版したそうですが、

今日のアメリカでもこのように考える人、感じる人、いますね。)

・・などなど・・。

そして最後に、特集『死後の世界観』についての

キリスト者、イスラム教徒、ユダヤ教ラビの話・・・

聞いているうちに、

あっという間にお稲荷さん16個、

巻き寿司12本出来上がり。


ラジオから流れてくるさまざまな情報が入り込められ、

文字通り寿司詰めになった情報寿司の完成です!笑



お寿司とラジオの情報は全く関係ない?


無意識の世界では、わかりませんよ~。

ラジオから流れていた情報は、

無意識の中に、

質と量を伴って蓄積されているはずですから、

時間を経て、いつか何らかのきっかけ(例えば似ているお寿司との遭遇)で、

電光石火のようなひらめきや、

知識の記憶、

あるいは意識できないほどの≪なんとなくこんな感じ・・≫という感覚で、

その時のさまざまな感情も伴って、

意識に上るかもしれません。

食べた情報寿司Aとの出会いは2度とありませんが、

新たに出会った別のお寿司Bが、

情報寿司A´として認識されるかもしれません。











































無意識力

2013 - 09/11 [Wed] - 10:34

意識がない世界は、それほど怖いものなのかな。

意識がなくなることを『分断』『乖離』だと認識しているから怖いのかな。


毎晩眠りに就く時は、平安こそあれ、怖いとは感じません。

たとえ、心配事があり、なかなか眠れないことがあったとしても、

眠ってしまえば、心配事から解放されて、平安浮遊できます。


意識がない世界を主流と考えて、

無意識の世界に存在しているものを形にあらわす

そのパイプの透りをよくすることで、

人々は、きっと幸せになるのだろうと思います。









Soulの平安

2013 - 04/12 [Fri] - 17:48

~まだ思考の途中で、
うまく表現できるかどうかわからないのですが、
覚書のような形でここに記します。~

人が亡くなった時、
その人の最期が、
安らかな表情や状態であった事を確認した(あるいは知らされた)遺族は、
喪失という深い悲しみ中でも、安心します。
亡くなった方が、最期には平安であったと感じる事は、
暗闇の中に、かすかに点るともし火のようです。

平安の中で人が亡くなることが、
遺族を安心させます。

私は『宗教』についてよくわかりませんが、
この時の遺族の思いは、経験したこともあり、わかります。

また、1人の人の命の灯火が消えて行く時、
平安であることが、とても大切だということも、わかります。

聖書にはSoulという言葉が数箇所出てきます。
日本語訳と照らし合わせてみると、このSoulという言葉の意味は、一つではありません。
旧約聖書のはじめの頃は「命」「人」「あなた自身」という意味ですし、
新約聖書では、「心」「魂」「人」、
新約聖書の最後にあるヨハネの黙示録では、「霊魂」「物」「心」「人々」などです。

このSoulが何なのか、私にはよくわかりませんでした。

「命」「人」という言葉には、身体と何らかの関わりがあるイメージがありますし、
「心」「魂」という言葉には、身体よりも更に奥深いイメージがあります。
「霊魂」となると、ますます深く、同時に、もうこの世のものではないイメージが私にはあります。

ある日、

人は Body, Soul, Spirit から成り、
Soulは、mind, emotions, will, conscienceだと、

キリスト教会で教わりました。


キリスト教は、

Spiritが刷新されたという信仰により、SoulとBodyにも変化が起きる。

そして、いつかBodyとSoul(※古い人)が朽ちても、
※刷新されたSpirit(God's Spirit)と 
※新しいsoul、
※そして一瞬にして変えられる新しいBodyは、(※新しい人は)
(※永遠に)生きるのであるから安心しなさいという教え、

簡単に言うとそういうことなのだと思います。

『Soulに平安がある』

これがとても大切なことで、
このことは、人が幸せに生きるための鍵であると思えてくるのです。


※Nephesh (Hebrew) = Life, Person, appetite, mind, desire, emotion, passion,
individual, seat of emotions and passions, activity of mind, activity of will,
activity of character.

nous (Greek)= mind, understanding, feeling, judging.

psyche(Greek) mind, heart.







※は後日加筆


















風土と心情

2013 - 02/13 [Wed] - 05:00

『ロンドンの町を、一台の馬車が走っています。
馬車には、セーラ・クルーという、7つになるかわいい女の子と、
お父さんが乗っています。
セーラは、イギリスの学校に入るために、
遠いインドからお父さんとやってきたのです。(ぬく)

「私が校長のミンチンです。まあ、なんてかわいらしいお嬢さんなんでしょう。」
ミンチン先生はずるそうな目をしてお世辞を言いました。
「セーラのためにはお金を惜しみません。私は仕事があるため、
すぐインドに帰らなければなりません。
セーラをよろしくお願いします。」(ぬく)

「こちらはセーラ・クルーさんといいます。仲良く遊んであげたり、
一緒に勉強していきましょう・・・。。。。。。。』


幼稚園児の頃持っていた紙芝居『小公女』の冒頭です。

子どもを他人に預け、インドに帰ってしまうセーラの父親と、
意地悪なミンチン先生の言動に憤慨しながらも、
逆境の中、優しく一生懸命生きていくセーラが、
最後に報われるというハッピーエンドなストーリーを
私はとても気に入っていて、
付録についていたソノシートの声色にあわせて、
くりかえし何度も読みましたので、
今でもこの冒頭文は覚えています。

もう一つ、『安寿と厨子王』の紙芝居も持っていたのですが、
「安寿恋いしや、ほーやれほ、厨子王恋いしや、ほーやれほ」と、
盲目になった母親が歌いながら雀を追い、
その声を聞いた厨子王と再会する最後の場面は別として、
全体を通して内容があまりに重苦しく、
ソノシートの音楽も声優さんの声も暗く、
読んでいるとこちらまで鬱々としてくるので、
新品同様の状態のまま、本棚の隅に追いやっていました。

いま思うと、親子の別離から始まるこの2つの話は、
意地悪な支配者(ミンチン先生と山椒大夫)の登場、
近親者の死(セーラの父親と安寿)
賢い主人公が逆境に耐え、最後はハッピーエンドになるなど、
構成がとてもよく似ています。

しかし、私がこの2つの話から受けた印象は全く異なるものでした。
絵の色あいや、ソノシートから流れてくる音楽、
声優さんの声色などの違いもありますが、
それだけではないように思います。

『安寿と厨子王』話の根底に流れる
『支配者と隷従者』 『土のにおいと呪縛』 『理不尽』さは、
父の死、盲目になった母、果たせない安寿との再会、という結末に収束され、
それらのことは、子ども心に耐え難いものだったのかもしれません。
勿論、当時の私にはうまく説明できませんでしたが、
何となく感じ取っていたように思います。

このおどろおどろしさ、どうすることもできないしがらみや、こころの状態は、
日本の幽霊の「うらめしや~」に集約されているように思います。
ポルターガイストのように、
幽霊になってもドタン・バタンと自己主張が強い西洋的幽霊とは
全く異なります。

子どもの頃はよくわかりませんでしたが、
『山椒大夫・安寿と厨子王』は、日本の風土のおどろおどろしい一面や、
日本人の繊細な心を見事に描写した優れた作品、
さすが説経節、さすが森鴎外だと、
今は思います。









































Super Natural

2013 - 01/08 [Tue] - 16:09

先週の土曜日、
無くなっていた物が突然現れる
という経験をしました。

同じ日に2回も・・。

一つ目は、スリッパボンボンです。

年末に買ったフェイクファーのスリッパは、
ほわほわしていてとても温かいことと、
足をすっぽり包んでくれるデザインなので、
階段の上り下りの時も歩きやすく、
とても気に入っています。

ある朝、そのスリッパの足の甲の部分付いていたボンボンが
2つ無くなっている事に気がつきました。
しかし、どこで無くしてしまったのか、
全く思い当たりません。
家中探しても見つからず、
半ばあきらめかけていました。

同じ週の土曜日の夜、
今度はバッグについていた
取り外し可能な紐が無くなっていることに気がつきました。

数分前まで乗っていた車内や
その周辺を探しましたが、
どこを探しても見つかりませんでした。

あきらめて家に戻り、スリッパを履いて、
何となく足元のスリッパを見ると、
そこに、そこに・・・ボンボンが!

しばらく何が起きたのかわからず、
狐につままれたような、
狸にだまされたような、
はたまた妖精のいたずらにあったような、
そんな気分になりました。
放心状態でした。

ボーッとした状態で
バッグの中から携帯電話を取り出そうとした時、
そこに、そこに・・・紐が!

Super Natural !

と思いましたが、本当はそうではなく、
ボンボンも紐も、
《内側に隠れて見えなかっただけ》だったのです。

見ているのに見ていない。
全く目に入らないものは、
私の心に存在しない。
こういうことは、実は頻繁にあるのかもしれないと思ったら、
無事安全に生きていることが、
とても不思議に思えてきました。
でも、逆に、
世の中の全てのことが見えている神様のような存在になり、
どんなに小さなことにも心が向いてしまったら、
怖くて一秒も生き続けることなどできないのかもしれない、
そんな風にも思いました。

ある時突然、無くなっていたものが、
再出現したように思えた『1人マジック』なひとときは、
安心して生きるために必要なものかもしれません。




方向転換できない巨獣

2013 - 01/05 [Sat] - 03:11

ひょんなことから、

学校の視聴覚教材の話になり、

昨年、アメリカの中学校を訪問した折、

クラス全員が子どもニュースを朝からネットで視聴していて、

クラスが昔のお茶の間のような雰囲気に包まれていたのには驚いた・・

などと話しながら、

そういえば、私が通っていた小学校では、

放送委員の子ども達が校内テレビ番組を作っていて、

カメラマン、脚本家、アナウンサー、インタビュアー、デイレククターなど役割があり、

製作もお昼の視聴も楽しかったことなど思い出しました。

思えば、かれこれ40年近く前の話で、

授業中にNHKのテレビ番組を観たり、

ボタンで解答する視聴覚ルームなどもあり、

日本の視聴覚教材はかなり進んでいたのでした。


旧文部省推薦の一太郎や花子などワープロを使用していた90年代半ば、

世界はコンピューターへの移行を果たしていたのに、

教育現場はコンピューター導入を躊躇し、

本来ならば、新技術をいち早く導入し、

最先端の土壌でかなり飛躍したであろう若い能力を、

伸ばすどころか、押さえこんでしまい、

ガラパゴス的企業戦略の罠にはまった感がしますが、

あれは、いったいなんだったのでしょう?


一度、方向が決まると、

方向転換に時間がかかり、

身動きができなくなる巨獣に乗った感じです。

あけましておめでとうございます。

2013 - 01/01 [Tue] - 14:03

あけましておめでとうございます。


長い歳月の中で伝承されてきた日本独特の風習や伝統は、
類まれであるとともに大変貴重なものだと思います。
中でもお正月の諸行事の一つ一つに込められた意味を知る時に、
神聖で厳かな気持ちになります。

新たなる1ページを開いた今日、元日。
希望に満ちた門出の朝です。
本年が幸多き年でありますように。

本年もよろしくお願い申し上げます。

さようなら2012年

2012 - 12/31 [Mon] - 01:20

2012年がもうすぐ終わろうとしています。

2013年がどんな1年になるかはわかりませんが、
毎日わくわくしていたいです。

今年も読んでくださり、ありがとうございました。

一艘の舟

2012 - 12/28 [Fri] - 09:20


大海原に一艘の舟。
波は荒れ、舟は今にも沈みそう。
空から一筋の光が降り、
舟に乗っている人と、
天空は、
硬く繋がる。
波がどんなに荒くても、
舟がどんなに揺れても、
大丈夫なように。

年末年始

2012 - 12/27 [Thu] - 21:28

年末の大掃除や年越しの準備で,大忙しの方もいらっしゃるでしょう。
あの浄められる感じや,神聖な雰囲気をとても懐かしく思い出します。
私の実家は、神社の麓に在り、生まれた時から年末年始とお祭りの時期には、
夜通し笛や太鼓、篳篥や笙の厳かな音色がひびいていました。
我が家には年越し蕎麦を食べるという風習がなく、
年越し蕎麦を生まれて初めて食べたのは、アメリカに住み始めてからでした。

2012 - 12/27 [Thu] - 20:13

5歳の時です。
風邪をひき、高熱が出ました。
その時は、母も風邪をひき、
母と二人で布団を並べて寝ていることが嬉しくて、
そのまま、ぐっすり眠りました。

夢の中で、私は細い道をひたすら上へ上へと歩いていました。
怖くもなく、何も考えず、ひたすら歩いていくと、
雲が一面に立ち込めました。
それでも、怖くもなく、1人でてくてく歩きました。

雲よりかなり上方へ行き、
更に上へと歩いていきました。
疲れもせず、怖くも無く、とても穏やかで静かな気持ちで、
ただただ、上へと歩き続けました。

どれくらい歩いたでしょうか、
ふっとした瞬間に、今まで来た『道』へ気持ちが逸れました。
すると、今来た道の下の下、底の方から誰かの声が聞こえました。

母です。

母が私の名前を呼んでいます。

その声を聞いた途端、
私は何だか急に怖くなって、
振り返って、今来た道を駆け降りました。

一番下まで降りたところで母と目が合い、
私は目覚めました。

母の話では、
呼びかけても、揺り動かしても、応答が無かったそうです。

目が覚めた時、
母は泣いていました。

私は、その時、何が起きていたのか全くわからないのですが、
1人で坂を上り続けた夢のことだけは、とても鮮明に覚えています。







出生

2012 - 12/27 [Thu] - 19:58

気持ちよく過ごしていたのに、
突然すっぱくて、口の奥が押されるような感触になり、
一瞬記憶を失ったあと気がつくと、
心許ない所にいて、
目が沢山あってびっくりして泣いた。

出生の時の様子だということは、わかります。
ただこれが記憶なのか、夢なのか、そこのところはわからないのですが、
苦しくて「いや」だった感覚は覚えている気がします。

記憶なのか、夢なのかわからないのですが・・・。

祖母のスカーフ

2012 - 12/27 [Thu] - 19:48

クリスマスイヴの夜、久しぶりに発熱し、3日間寝込みました。
何の前ぶれもなく、突然、気管支炎。
このような時は、水分を摂り、
安静にしていることが一番で、
時々襲う悪寒を何度も体験しながら、
おとなしく眠っているうちに、
さまざまな夢を見ました。

夢のひとつは、28年前に亡くなった祖母の葬儀の夢でした。
父も母も姉も兄も私も祖母が亡くなった頃の年齢です。
何故か私が喪主挨拶を急遽やらなければいけなくなり、
マイクを持たされるところから夢は始まりました。

祖母との思い出は多く、話したいことが次から次へと心に浮かび、
話はスムーズに、時に感動を持って(笑)進みました。
喪主の挨拶を無事成し遂げる直前に目が覚めたのですが、
まだ話が途中だったので、意識の世界に戻ってから、
(半分目は覚めていましたが)結びの文まできちんと話して、
それから起きました。(笑)まじめな私。

私にとってこの祖母の存在は大きく、
祖母の葬儀後3ヶ月間は、度々熱を出し寝込みました。

母は仕事をしていたため、私を出産後、まもなく職場に戻り、
私は、祖母に育ててもらいました。

私は真夏生まれですが、秋から冬にかけて、祖母は私をおんぶして、外出することが多くなりました。
秋から冬にかけて、祖母は首にスカーフを巻きました。
その祖母のスカーフは、柔らくて、ふわふわしていて、優しい色で、
私はいつもそのスカーフを触っていました。
スカーフは、とてもきめ細やかで、指と指の間に挟んで擦ると、
何とも言えず良い気持ちになりました。

スカーフに触る時は、口も舌ももぐもぐ動くので、
おそらく、授乳中もそのスカーフに触っていたのではないかと思います。
物心ついてから、私はこの特別の布の感触を『ツルツル』と呼んでいました。

『ツルツル』の感触を何度か説明しようとしましたが、
他の人にはこの感触が理解できないらしく、
時々、母や姉が、祖母のスカーフに似た肌触りの布を見つけてきましたが、
見た目も肌触りも多少似ていることはあっても、
あの布と同じ感触だったことは、一度もありませんでした。
逆に見た目が全く違っていても、同じ感触の布というのもありました。

妙な話なので、あまり人には話さずにいましたが、
私の兄も同じ経験を持っていて、
冬生まれの兄には、『ノンノンノンノン』という感触があります。
毛布の感触らしいのですが、兄の場合も私と同様、
どの毛布でもいいわけではなく、
織りのきめ細やかさと肌触りが、特別に決まっていました。
この『ノンノンノンノン』の感触は、兄が何度も説明してくれますが、
未だに私にはわかりません。
逆に、私の兄にも、母や姉同様、私の『ツルツル』の感触はわかりません。

祖母のスカーフの『ツルツル』は、今のところ、私にしか、わかりません。






















切り取られた時間

2012 - 06/13 [Wed] - 23:28

その絵の中の切り取られた時間は、

今、私の目の前で再生され、

新たな時を刻み始めた。


その絵の中で鼓動を止めていた人々は、

出会った瞬間に

また、いのちを刻み始めた。


1つの色を置く時の驚きと、

1本の線を引く瞬間の緊張。


その絵の中に置かれた時は、音は、風は、

1人の画家の感性は、

出会った人々の感性と共鳴し、

再び時間といのちを刻み始め、 

自由に空中を舞い始めた。












父の大きな手

2012 - 06/08 [Fri] - 15:27

「相手の役職や地位にだけ頭を下げている人もいれば、
            その人を、心から慕い、尊敬して頭を下げてくださる人もいるんだよ。」
 
玄関先でお客さんを見送りながら、父がポツリとつぶやいた言葉。

その頃、子どもだった私にも、父が何を言いたいか、痛いほど伝わってきた。



仕事の部署で「長」のつく役職になった父。

元来、人と賑やかに過ごすことが好きだった父は、同じ部署の方々を、よく家に招いた。

突然のお客さんに、母も祖母も慣れていて、手早く対応している様子を、私たち子どもは横目でみながら、

邪魔にならないように、そっと別の部屋に移動したりしていた。

そんなある日、上機嫌な父とお客さんの賑やかなやりとりが筒抜けの 隣の部屋で、

私はコタツに入ってみかんを食べていた。

賑やかで、なごやかな雰囲気。

隣の部屋の廊下側の襖が開く音がして、歌を歌っている上機嫌な父の声が、廊下に響いていた。

父が席を立ったのだ。


すると、今まで賑やかだったお客さんの中の1人の方が、急に父の悪口を言い始めた。

他の人がその人の発言を制し、撤回するように言ったが、その人は父の悪口を言い続けた。


再び、父が廊下を歩いてこちらにやってくる音がした。

襖が開いた。

すると、その人は何も無かったように父に取り入っていた。



みかんを見つめる私の目は、じんわり熱くなり、世の中がかすんで見えた。

私は、別の部屋に行き、ぽろぽろ泣いた。悔しくて、涙はなかなか止まらなかった。

姉が何度も理由を聞くけれど、私は言いたくなかった。


その日の夜、私は祖母に、そっと話した。

祖母は優しい目をして聞いていた。



次の週末、いつものように家に招いたお客さんを、玄関先で見送りながら、父がポツリとつぶやいた。

「相手の役職や地位にだけ頭を下げている人もいれば、

その人を、心から慕い、尊敬して頭を下げてくださる人もいるんだよ。嫌な気持ちにさせてしまったね。」

父はそう言って、その大きな手で私の頭を撫でた。












虚無と充実

2012 - 05/30 [Wed] - 08:40

無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の・・・

三島由紀夫氏の『私の中の25年 果たし得ていない約束』のこの一節が私の心をとらえた。
愛する日本を憂い、檄文を読み、自決する4ヶ月前に書かれた文章である。

無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の・・・

国の未来を予言するかのようなこの言葉は、私にも突きつけられたような気がした。
以前、私がしばしば感じていた虚無感がそこにある。

何かが足りない・・・と感じていた。

結局、自分の内側の、無機質な中間色を埋めるものを、
外に求めても無駄だと気がついたのは、それから数年経ってから。
それからは、内面をもっと正直に、観察していくことにした。
何も無いように思っていたが、そこで発見したものは、
今まで恥ずかしくて表現しなかった感情や、
表現してはいけない、悪いものと決めつけていた感情だった。

誰にも見せたことのない感情が、私の中で、鉛の塊のようになっていたことと、
この感情を隠し押し殺していることが、落ち込みや塞いだ気持ちの原因にもなっていたと気がついた。
そこで、これらの感情の全てを、大学ノートに書き記すことにした。
苦しみながら書き記した感情は、大学ノート300ページ以上に及んだ。

この鉛のような感情の塊は、突き詰めていくと「悲しみ」と「恐れ」そして「嘘」でできていた。
それらを無視するために、何でもないように心は装っていた。
これを誰かに話してしまおう。
そこから自由になろう。

そう思い、信頼している友人に、この感情を全て話すことにした。
初めは、恥ずかしさと、このようなことを話したらきっと私は蔑まれ、
その人は私から離れていくだろうという恐れで一杯だった。
まずはその恐れを話すことにした。
そして、裏切りがないことを信じた。

思い切って話してしまうと不思議なことに、
今まで感じたことのない「安心」が私の中に注がれた。

私の主軸の中心は内側へと充実し、充実した軸は外側への伸びと相関しているように感じた。
内側の充実は揺るぎなく日ましに安定し、外側への興味へと広がり続けている。

ぶれない主軸と内側の充実は、
自分という存在と自分以外の存在全てとの境界線を明瞭にすると共に、
既に与えられている能力への気づきをもたらし、
それを育み、
他人や社会のために用い、
貢献していくという、より人間らしい生き方の礎となるのだと思う。

無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の・・・ままでは、
強く生きることも独り立ちをすることもできないと、私も思う。




















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生まれる時も死ぬ時も

2012 - 05/29 [Tue] - 14:14

母が持っていた2枚の写真を見て、
記憶が蘇ってきたことがありました。


記憶1:
(誰かが)こちらを見て、にこにこしながら、音を出しています。
(私は)良い気持ちで安心です。

(何かが)来ました。
すると、(私を抱っこしていた人の)顔はしかめっ面になり、(私は)不安で嫌な気分になりました。


記憶2:
突然、明るいところにきました。
(何かの)影が、ぴょんと飛び、(私は)びっくりして大声を上げて泣きました。

(抱っこしている人は)急に怒った顔になり、(私の)不快な気持ちはどんどん強くなりました。
怒った顔は、困った顔になりました。



1枚目の写真には、母に抱かれた乳児の私がいました。
2枚目の写真には、母と泣き顔の私が写っていました。

その時起きたことを、母は覚えていて、話してくれました。

母の話:
仕事で忙しかった母も、夏休みになり、子ども達と過ごす時間ができたことを、とても喜んでいたようです。ある日、乳児の私を抱っこしながら、私に話しかけていました。
そこへ、新しいカメラを買った父が部屋に入ってきて、母をからかったのだそうです。

不愉快な気持ちになった母は、私を抱いたまま縁側に出ました。
縁側の外には池があり、日光を反射してキラキラ光っていました。

悪かったと思ったのか父は、買ったばかりのカメラで、母と私の写真を撮ろうとしました。
縁側からだと近すぎてうまく撮る事ができず、父は池の向こう側にある、大きな石に飛び移り、写真を撮ったのだそうです。


乳児期の快不快の感情は、胎内にいる時からあるのだと思いますが、
生まれた瞬間からは、近くにいる人の感情と自分の感情の未分化が、
感情を豊かにしていくのだと思います。

生まれた瞬間から、肯定的な感情、生を喜ぶ感情を受けた人は、何と幸せなことかと思います。
「ありのままで受け入れられている」という確信は、そこから生まれるのだとも思います。

死ぬ瞬間にも、感情はあるでしょう。
その瞬間の感情が、肯定的で、喜びに満ちていたら、どんなに幸福か・・と思います。






















新生児が他人の感情に敏感なことは周知のとおりです。

青空の青

2012 - 04/30 [Mon] - 06:03

頭上の金属音は、絶え間なく、
稲妻が、左前方の電柱を直撃して、轟いた。

「もう、だめかもしれない・・・。」

道路脇に車を止めた。

暗黒の闇。
木々の陰は、
雷光に時々浮かび上がり、
雹と暴風に叩きつけられ、
スローモーションのように、
左右に大きく揺れている。

金属音は、雹の連打。
車の天井をはねる音。
まるで、ポップコーンマシーンに入っているようだ。

割れるかもれないフロント硝子に、
かすかに滲んで見えるのは、
前の車のハザードライト。
赤く、規則正しく光りながら、消えていく。

辺りを見回し、隠れる場所、潜り込める場所を、必死で探すけれど、何も無い。
逃げ場が無い・・・

竜巻の風力は恐ろしく、
地面に生えている草が、飛ばされ、巻き上げられて、
木の幹に、垂直にささることもあるらしい。
飛び交う木の葉も凶器に変わる。
車の外に出ることもできない。

私の人生はここで終わると決まっていたの?
そんなはずはない。
とにかく、この状況から逃げ出さなくては!

思いきって、車を発進させた。

金属音は、ますます強く、速くなり、
雹は、さっきより大粒になった。

フロント硝子が割れたらどうする?
走っている方向がわからない。
今、竜巻の中心に向かって走っているのかも知れない。
でも、ここで止まっているわけにもいかない・・。
私は、直感を信じて、アクセルを踏み続けた。

私と車は、スローモーションの世界に、巻き込まれたようになった。

とにかく、この状況から逃げよう。
祈るような気持ち。
濁流の道を、必死で走り続けた。

雷鳴
稲妻
飛んでくる折れた枝、
舞っている屋根の破片?
大粒の雹
絶え間ない金属破裂音。

そして、ゆっくり進む世界。

どうか生きて帰る事ができますように。。。


その時、別の車が猛スピードで追い越して行った。

よかった、1人じゃない!

勇気が湧いて、
私は、その車の後を必死で追いかけた。
速く!速く!




竜巻は、
不思議なもので、
渦の近くは、恐ろしい世界。

しかし、そこから少し離れると状況は一変し、
地獄の世界はぴたりと止む。
何も無かったように。。



しばらくして、私と車は、また、平穏の青空が広がる、元の世界に舞い戻った。


頭上の青い空は、以前より、もっともっと、高く青く、輝いて見えた。











感情の蓋

2012 - 04/03 [Tue] - 21:22

ある人と電話で話しているうちに、
私はとても苦しくなってきた。
なぜなら、電話の向こう側にいるその人は、長い間自分をさらけ出したことがなく、
そのことが、その人の心を囲いの中に閉じ込めてしまっていることに、気がついてしまったから。

話している時、突然、その人の口から「寂しい」という一言が漏れ、
沈黙が続いた。

しばらく続いた沈黙の後、その人はゆっくりと、
生まれて初めて「寂しい」という言葉を発したように感じたと言った。
子どもの頃からずっと寂しかったけれど、誰にも話したことがなかったと教えてくれた。

心の奥にある感情の蓋が開き、
閉じ込められていた自分自身の一部は、
解放されて宙に舞い上がり、昇華されていく。
これから、きっと、今まで口にしたことのない感情が、
その人の口を通して(あるいは書くことによって)
表現されていくのだろう。
そのことを繰り返すたびに、
その人は自分自身に正直になり、
解放され、癒され、
自由になるのだと思った。

1人の時間と共有時間  ~はずれる~

2012 - 02/08 [Wed] - 14:18

「今朝はみんなどうしちゃったのかな?」

すがすがしい朝、
ほっと一息コーヒータイムにかかってきた3件の電話。

それぞれ全く違う内容、状況なのに、
電話をかけてきた3人は、思考がネガテイブスパイラルに陥っていました。

聞いていると、みんな落ち込んでいくパターンがあります。
1人で悩んでいるうちに「はまった」という感じでしょうか。

考え方を変えてしまえば、すぐにそこから脱出できることを、
みんな心では知っているはずですが、1人ではそれができない時もあるのでしょう。

話を聞いていて、それぞれが今の考え方から「はずれる」ことが大切だと思いました。


「はずれる」ことについては、先日のSuper Bawlの時も考えていました。

NYGとNE、両チームとも最後まであきらめず、
甲乙つけがたいすばらしい試合展開で、観客を魅了し続けました。
チームが目標達成のために一丸となり、
それぞれのポジションでしっかり働く姿はとても美しく、
選手と観客の熱狂と呼吸が一体となった「生き物のような場」がそこにはありました。

ここまで来るのに選手達は、
幼い頃から、基礎トレーニングを積み重ね、
個人個人がどれほど練習を重ねてきたことでしょう。

全体から「はずれ」、
充実した1人の時間を過ごすことは、
豊かな共有時間を生み出すことにつながることを、
私はその時、実感しました。

「はずれる」ことにもいろいろありますが、
「はずれる」ことで次は前進できるように、
「はずれる」時を充実させたいと、私は思いました。
















アベテイ君

2012 - 01/06 [Fri] - 13:36

エチオピアに住む9歳の少年、アベティ君の生活を知り、
忘れかけていた何かが、心の底から湧き上がって来るように感じました。

乳飲み子を抱えたお母さんと、体の弱いお兄さんの生活を支える為に、
7歳の頃から働いているというアベテイ君。
家から徒歩で2時間の距離にある金山の、親方の家に泊まりこみ、
毎日、深さ15mの穴に入り、金を掘り続けています。

穴の底は、酸素が薄く、体力を消耗します。
朝食抜きで、朝6時から穴に入り、途中の休憩時間に、溜まり泥水を飲んで空腹を満たし、
また、働き続けます。

アベテイ君は、注意深く金を探しますが、なかなか見つかりません。
本当は、アベテイ君が、たくさん掘り当てることができたとしても、
それらは大人の手に渡ってまい、
アベテイ君のお給料が高くなるわけではないのですが、
それでもアベテイ君は熱心に働き続けていました。

アベテイ君の唯一の楽しみは、
たまに帰宅した時に、
学校に通っているお兄さんから、勉強を教えてもらうことなのだそうです。

アベテイ君は、
金をたくさん掘り、そのお金で引越しをして、
いつか家族と一緒に暮らしたいという夢を持っています。


エチオピアに住む9歳の少年、アベティ君の生活を知り、
忘れかけていた何かが、心の底から噴き上がって来るように感じました。

 






創造 ~スピードと格差~

2012 - 01/06 [Fri] - 10:15

ビンテージのお店に行くと、
レコードやカセットテープが並んでいます。
それらは全て「古くて珍しい物」になりました。

次から次へと新しい品物やサービスが登場し、
この間まで使っていた品物が急にとても古臭く思えてきます。

知り合いのKodamaさんの話によると、
利用者が5000万人になるまでにかかった年数は、
ラジオ38年
テレビ13年
インターネット4年
I Pod 3年
FB   2年 

1984年には1000だったインターネットデバイスは、
2008年になると1,000,000,000まで膨れ上がったというのですから驚きです。

2010年の売り上げ高トップ10は、
6年前の2004年には陰も形もなかったものばかりだったといいます。

創造性が重んじられ、
まだ誰も見聞きしたことのないものが、
ハイスピードで生み出されては、消えていくのでしょう。
これから、どのような物が作り出され、どのように展開されていくのか楽しみです。

その一方で、最先端技術の利用格差はますます広がっていきます。

得た情報を何に、どのように使うのか、
利用の目的や方法も、これからの大きな課題の一つになっていくのだと思います。

思いつくまま心に従っていくのは気持ちがいい

2012 - 01/03 [Tue] - 11:35

思いつくまま心に従っていくのは気持ちがいい。

それとは逆に、
人、しがらみ、風習、伝統、普通はこうだ!と決めつける常識、既存の知識、
環境、時間、月、日などに囚われたり、強いられたりすると、嫌な気分になる。

過去にも未来にも選択肢は無数にあって、
それらの中から「結果の良し悪しを引き受ける覚悟を持った一瞬の選択」は、
「いのち」の動き。

結果がよければ、自信がついて、続けて選択したくなる。

たとえ結果が悪くても、それは反省材料。
いつか誰かが教えてくれた善悪と一緒に、
この反省材料をうまく調理して、
心の隅においておこうっと。

それらはきっと「選択した覚えのない選択」として、
「いのち」の動きを生みだして、
いつか「私」の一部になるから。

既に決められていることは、
囚われたらそこから解放されるまで、自由はなくなるってこと。


思いつくまま心に従っていくのは気持ちがいい。





2012年元旦

2012 - 01/01 [Sun] - 00:47

        謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

     愛と幸せがあふれる日々でありますように。

                       2012年 元旦

節目

2011 - 12/30 [Fri] - 08:41

2011年も残りあとわずか・・・。

いろいろありました。


年末だからといって、

時間が長くなるわけでも、短くなるわけでもなく、

時は同じように刻まれていますから、

普段と変わらない生活をしていますが、


季節の節目は、

新鮮な気持ちにさせてくれるので、

大切にしたいと思います。



読んでくださり、

ありがとうございました。




自由

2011 - 12/30 [Fri] - 08:30

自力で何を担おうというの?

担う必要もないのに。

自分の荷を背負うこともできないのに、

何を自力で担おうというの?

そんなものは、担う必要もないのに。


背負わなくてもいい荷物は降ろして、まかせ、

喜びと平安を受け取って、

もっと自由に生きたらいいのに。




2011 - 12/29 [Thu] - 15:14

少し風邪気味で、
咽喉と鼻の粘膜の調子が悪いので、
紅茶に生姜と蜂蜜をたっぷり入れて飲み、
体を内側から温めることにしました。

室内が乾燥していると咳き込みやすいので、
お湯を沸かし、
やかんの口からしゅんしゅんと上がる蒸気を見つめながら、
熱が出た時によく見ていた「夢」のことを考えていました。


幼稚園に入る前からでしょうか、
私は胃腸炎になりやすく、
突然、高熱を出して
2、3日、ひどいときは、4、5日
寝込むことがよくありました。

布団の上に仰向けになり、
うとうとしながら、
天井の木目模様を眺めると、
その模様は、顔のように見えたり、川の流れのようにも見えました。

そのような状態の中で、必ず見る夢がありました。

小さな部屋の右側に、
上へと続く階段があり、
その部屋の天井は、
黄緑、オレンジ、白の3色縦じま模様で、
波打っています。

私は床に立っているようでもあり、
宙に浮いているようでもあり、
何とも心許ない感じがしていました。

その部屋には、何か他に動く
「もう一つの気配」がありました。
それは、天井の模様の裏に張り付いていて、
うごめいています。

そのうごめく何かは「天井の波打ち競争をしよう。」と私に提案します。
  この「天井の波打ち競争」について説明すると、
  例えば、ロープの一端を持ち、腕を上下に動かすと波動が伝わり、
  横から見ると、ロープが波打ったように見えます。
  大きな波動は徐々に小さくなり、
  ロープの最先端で波は終わります。
  それを天井を使ってやろうというのです。
  天井の線の最先端の波が、最初に終わった人が勝ち。
  勝てば生きる、負ければ死ななければいけない
  『生死のゲーム』なのです。

私も天井の裏側に潜り込み、競争します。
はじめのうちは順調に勝っていますが、
いつも、最後の最後というところで、私は負けてしまい、
「死ななければいけない。」と宣告されて目が覚めるのです。

本当に怖い夢でした。
寝込むたびに何度も見ました。


最後にこの夢を見たのは、私が小学3年生の時でした。

いつものように、うごめく何かと競争し、
お決まりのように、最後の最後で私は負けるのですが、
その時は死を宣告された直後に
「あっ、そうですか。死ななければいけないのですね。」
と、死を受け入れました。

すると、その瞬間に真っ暗な穴の中に落ち、
気がつくと、泥沼の中、頭だけ出して私は生きていました。
自力でそこから這い上がり、
「こういうことだったんだね。」と言いながら、
黄緑、オレンジ、白の縦じまの天井を、ビリビリと破りました。
すると、うごめいていた気配は消えてなくなり、
そこで目が覚めました。

それから二度と「天井の波打ち競争」の夢を見なくなりました。
体力もつき、体調もよくなりました。



お湯が、勢いよく、しゅんしゅんと沸いています。
























































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プロフィール

Ake

Author:Ake
異文化往来日記。
日本とアメリカを行ったり来たりしながら、いつもどこにいても大切なことを見失わず楽しむことを模索中。
音楽、絵画好き。
油彩、歌、パーカッション、ピアノ、バイオリン、スキー、水泳を少しだけ。
旅行経験はスペイン・モロッコ・韓国・中国・カナダ・メキシコ・バハマ・米国内各地。
お蕎麦、和食(特に煮物)好き。
新潟・佐賀・横浜・東京に住んだことあり。
国際結婚をして、夫、息子(2人)、猫と一緒にアメリカに住んでいます。

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